Nakazawa Specialist 中沢のひとびと詳細

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明るくおおらかな、中沢のひとびと

中沢に暮らすひとびとの横顔をご紹介します。

山口 雄二さん

中沢小学校の用務員さん

 4月から中沢小学校の用務員を務めて下さっている山口雄二さん(57歳)をご紹介します。
 
○夢がかなった!
 永見山出身の山口さんは、中学を卒業後、省力機器製造の会社に就職し、定時制高校に通いながら、モノづくりの仕事に携わってきました。一時は兼業で牛200頭を飼い、農業の仕事もしていたそう。さらに出向先では、何か壊れれば自分で修理したり、草刈りをしたり…。何かがおきたら、「なんとかならないかな。」ととにかく自分でやってみることを日常としてきました。60歳で定年になったら、製造とは違う分野で、そんな経験を生かせたらいいな、と思っていたのだそうです。
 定年まであと3年弱となったある日、普段手に取ることのない市報を何気なく開いてみたら、飛び込んできた【用務員募集】の文字。「これだ!」と思ったのだそうです。そして「用務員をするなら中沢でやりたい!」とも。ところが用務員の任期は5年です。今を逃したら、次のチャンスに中沢で採用されるとは限りません…。家族と相談し、ギリギリまで悩みに悩んで、在職のまま受験しました。試験官から「(もう少しで定年なのに)本当にいいんですか?」と問われたそう。そうして採用となり、前職を早期退職して、この春から晴れて中沢小学校の用務員さんとなりました。〈自分の経験を生かせる職場〉と、張り切っています。
 
○少年時代
 「よたっこ(いたずらっこ)だったよ。逃げ足速くてね、スイカ泥棒したなあ。とにかく宿題がイヤでイヤで…。宿題やる位ならバケツ持って職員室の前に立たされる方がまだマシだったよ。スケートが大好きで、親父が田んぼに水はってくれたもんで、よく滑ったよ。菅の台でスケートの大会があってね、リレーの選手で出たよ。」
 「なんでも、いじったり、かまったりしたくて仕方がない性分だった。親父がバイクを買ったその日のうちに、壊しちゃってね。バラすだけバラして、組み立てられなかったんだよね。(そういうことが好きだったから)農機具修理の会社の人から、『うち(の会社)においで。』と言われたこともあったよ。」「こんな自分がまさか学校で先生と呼ばれる立場になるとは思いませんでした。」
 
○4月に着任して…
 「給食がおいしくてね、感動!! 昔の脱脂粉乳のイメージで来たら、メニューは毎日違うし、手間も材料もかかった給食なんだよね。すべておいしいです!」「実は悩みが一つあります。子供達の名前がなかなか覚えられなくて…。自分が子供の頃は、○男とか○子とかだったのに、今の子たちの名前はほんと難しい。でも頼まれ事をしてあげた子供達が、『先生ありがとう』って声をかけてくれると、ほんとに嬉しい。ホッとするよ。ここに来るまでは、本当にこの道を選んでよかったのかなって不安もあったけど、今は自信を持って、選んでよかったなと思っています。」
 
○これから…
 中沢小学校は、行事も多く、地域の方々に支えられている学校です。応援隊コーディネーターの皆さんと協力し、子供達が勉強しやすくて、先生達も勉強を教えやすいような環境作りを、目標をもちながらやっていきたいそうです。「地域の皆さんの力を借りながら、みんなが力を貸したいと思ってくれるように、自分自身がやっていきたいね。そうやって人のつながりができるようにしていきたい。」と山口さん。
 子供達が遊べるように中庭の芝刈りをしたり、グラウンドの水はけを良くする整備をしたり、ヘチマの棚をなおしたり、時には自宅から重機を持ちこんで、日々作業して下さっています。子供達が過ごしやすいように、危ない思いをしないように、目につくところがあれば、持ち前の「なんとかならないかな」精神を発揮して、どんどん思いを形にしていく山口さん。子供達からも、「山口先生、おもしろいよ。」と人気です。体協の役員やソフトボール、野球の監督をしていた関係で、父兄の方々からも、顔を知られた存在で、あちこちで声をかけたりかけられたりしているようです。
 最後に、「子供達、本当にかわいいよね!」と優しい表情を見せて下さいました。山口先生、これからもどうぞよろしくお願いします!                          (TN,FK)

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