Nakazawa Specialist 中沢のひとびと詳細

写真

明るくおおらかな、中沢のひとびと

中沢に暮らすひとびとの横顔をご紹介します。

宮下 秀春さん 79歳

花桃の里 ご主人

○花桃の里
 中沢の上割地区に、春、夢のように美しい花の咲き乱れる谷間があります。それが花桃の里です。花桃の里を一人、作り上げたのが宮下秀春さんです。
 20数年前、定年後の自分の居場所づくりのために、田んぼをつぶし炭窯をつくり、石を並べ庭をつくりました。かわいい孫たちが遊べるように、川岸の雑木を切り整備し、花桃の苗を植え始めたのです。36災害で荒れ果てて魚がいなくなってしまった川をよみがえらせたい気持ちでした。
 しかし当初、まわりの人から「なにをそんな夢物語みたいなことを・・・」と冷やかされたりもしたそうです。それが今では、県内外から多くの人が訪れる花の名所となりました。
 
○中沢と炭焼き
 戦後、中沢の暮らしを支えたのは、養蚕と炭焼きでした。現在のように会社に勤めて収入を得ることがなかった時代。中沢の生活は山に依存したものでした。中沢はあまり水路が発達しておらず、田んぼが少なかったため、中沢の人々は山仕事をし、炭を焼き、桑畑を作りお蚕さまを飼いました。養蚕には暖房のために炭が必需品だったのです。また、この地は炭に適したナラ材と、炭窯を作るのに適した赤土に恵まれていました。宮下さんも、山仕事でたき木を作り(文化薪)出荷したり、炭焼きをしたりしていました。山が好きで、大変な重労働であるにもかかわらず山仕事が好きだったと話してくださいました。
 時代は流れ、生活は電気・ガス・石油燃料に移行してゆき、薪や炭は需要を減らしていったのでした。
 
 
○特色ある小学校づくりを
 平成3年、中沢小のPTAの方々より、中沢らしい特色ある学校づくりをしたいとの話がありました。中沢の昔の暮らしから、お蚕さまを飼うか、炭を焼くかどちらを選ぶかとなったのです。そして「炭焼きをしたい。親たちが窯を作るので炭窯作りを教えて欲しい。」と依頼がありました。それがきっかけとなりこの20年、現在にわたり炭焼きが受け継がれてきたのでした。
 
 
○今、思ったことを行動に移す
 先日も駒ヶ根市から長年の炭焼きの指導を表彰されました。自分の好きなことや、やりたい事をすぐに行動に移せる情熱を持った宮下さんのお話は聞いているだけでパワーをもらえ、希望を感じることのできる素晴らしいものでした。
 「自分が好きな事で道楽ができたことは幸せ」と語った笑顔の宮下さんでした。HS、FK

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